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タネ新聞

■ Vol.6(2013.5発行)

 

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■ Vol.7(2013.9発行)

 

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■Vol.8(2013.12発行)

 

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■Vol.9(2014.5発行)

 

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■Vol.10(2015.9発行)


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What's New

■2017/11/5

石巻PJT11月~ちょこっとあそぼ@鹿妻南~参加

 

■2017.11

加須市・双葉せんだん広場 秋刀魚祭り

 

 

 

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河北新報社ニュース

<仙台満店>飲み手と蔵のパイプ役 ()

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<NPOの杜>子どもの声に耳を傾けて ()

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<まちかどエッセー・村尾沙織>個性の原石 ()

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Hot Meals for People from Fukushima Vol.3@双葉町避難所旧騎西高校(埼玉)

このプロジェクトは、

震災後1年10ヶ月がたった今、

唯一の避難所となっている埼玉県加須市の旧騎西高等学校、

ここに避難されている福島県双葉町の住民の方達に、温かい食事を提供し、

少しでも笑顔になってもらい、

あなたたちのことを忘れず、

見守り、応援している人たちがたくさんいるということを伝えるプロジェクトです。


呼びかけ人
石巻明友館 斎藤良太郎さん

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

今この瞬間も
古い校舎の中で
荷物やダンボールの仕切りの中
身を寄せ合うように避難所生活をしている人がいる。

 

 

 

双葉町避難所は
埼玉の加須に位置する旧騎西高校にあり
今回は私たち震災支援かつしかネットワークにとっては2度目の参加となった。

最初に呼びかけを行ったのは
福島出身であり
石巻「明友館」で出会った斎藤良ちゃん。

 

国籍、暮らしている地域も様々に
それぞれが一つの気持ちで集まった。

 

 

私が見たことを伝えてみたい。


これはメモのようでしかない
読みやすいモノでは決してない。。
しかし、自分自身が五感を通して感じ取ったモノ。

 

2013年1月13日。旧騎西高校

ここに残っているのは
高齢の人ばかりに見える。

前回から「減っているんですか?」と聞いたら
「出ていく人もあるよ。
 その後はバラバラになっちゃうからなぁ」と
朝、喫煙所できいた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

□やったこと
餅つき、きりたんぽ、あら汁、デザート
生ジュース。
お能、ミニライブ。
リフレクソロジー、ネイルアート。

 

□約束

餅つきを外でしていると
双葉の人も一緒につき始める。

サンシンとカホンが鳴り
合いの手と声がかかる。

そのうち
「リクエストしてもいい?」と
可愛い年配の女性が歌いだした。

「前は週に2回は歌っていた。」
「着物は1枚も持ってこれなかったわ」

お孫さんの写真を私に見せながら
天気の話しでもするように
姪も津波で亡くなったから
孫が自分の支えだと言った。

最近、近くで仕事を始めたらしい。

次に行く時には
一緒に歌う約束をし
連絡先を交換した。


□部屋の中

各部屋まで
鍋いっぱいのあら汁を持って声をかけに行った。

元々学校の事務所であったらしい場所が
双葉の役所になっている。

寄り添いほっとラインのチラシも置いてあった。

その他、法律相談、カウンセリング
ハローワークの設置などが
一つ一つ、教室ごとにあるのがわかった。

部屋は現在も
物資やダンボールの仕切りだけであり
中には足が悪いから
下までは行けないと言った人もあった。


未だこの状態が続いていることは不条理だ。


この先
この人たちが不安なく暮らすには何がどうなれば
そうなるのか?
わたしたちには何ができるのか。

仮の町という言葉を
以前ユースト中継で見たことがあった。

このつながりをそのままに
他の場所に移すことは出来ないのか。
それを実行するには
何をすればそうなるのか?

 

□問題?

同じ双葉町の人たちの間に
「避難所に残っている人だけが
いい思いをするのを許せない」人の心理があると聞く。


社会全体を縮めていく
この心理は
誰も幸福にはしない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回私自身が出来たこと。
良かったこと。

「双葉の人たち」ではなく
○○さんとわたしとの間で
次回の約束ができたこと。

双葉の人も
「やりたい」と
一緒に出来る「餅つき」があったこと。

「歌いたい」とリクエストがあり
即興で路上ライブができたこと。


私たち参加者同士が
様々な人が混じり合っていること。
その混在した面々によって
一つの場をつくれたこと。

参加メンバーが口にした
「風化されて
普段の職場では震災のことを話す人もいない。
でも、ここに来ると
こんなに沢山の人が
まだちゃんと考え・動いているということが分かる」

これはある種
わたし達自身が
互いの存在によって力をつけていくことだ。

 

・・・・・・・・・・・・

もう2年になる。
その間には家族のことを含め
いろいろありすぎて
誰だって疲れて当然なのだ。

わたしに出来ることと言うのは
もしかしたら何の意味もないかも知れない。

その微力さは当然
常に壁となって
「お前は何もできないんだよ」と押え付けてくる。

その壁に向き合っていく。

何もできないよ。
そりゃ、何も変えられないよ。
でもやるだけだ。

止めろと言われたら
断る。


・・・・・・・・・・・

校門の外で
目の前の畑を眺めながら一服しているとき
サンシンの音が聴こえはじめた。
歌声が入る
声が重なっていく。

旋律になって
やさしく流れていく。

僕たちは
この旋律のように
つながっていく。

鳥のさえずりも沢山聴こえた。

感情がドッと押し寄せてくる。
まとまりがない。(ま)

 

 

 追記:今回も引き続き、柴又「丸仁」さんより

    お漬物をいただきました。手渡したことをここに報告させていただきます。