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広がれ心のバリアフリー 障害者選手ら仙台の小中学校訪問 交流通し理解深める ()

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石巻応援視察プロジェクト~帰路・いわき市経由~

3度目の石巻で見聞きしてきたコト。

進まない現状、これからの方向性。

我々にできること、やらねばならぬこと。

 

いろいろなモノが改めて見えてきた2日間だった。

 

震災1か月後に訪れたいわき市も

変わったトコロ、これから先のコト。

ひとつずつ、一歩ずつ・・・。

 

 

石巻市海門寺テニスコート

石巻での記録を見返しながら
一つずつ
聞いたことなど
自分のためにもメモして行こうとおもいます。


子育ての現場で
毎日子どもたちと向き合っている学童クラブの先生ユリコさんと
奇跡の避難所と呼ばれる
明友館のリーダー千葉さん

二人はそれぞれ日々の中から
休日の時間を割き
わたしたちに
語り
場へつないでくれました。

懐をひらき
迎え入れられるということ。
ありがたいなぁと改めて振り返ります。

わたしもこのようでありたい。

誰かに何かを与えられたら
その相手に向かって
感謝し返していくことも大切だけど
与えられたなにかを
周囲に還元していく。

*2012年7月28日
 石巻市海門寺テニスコート
 応急仮設住宅にて 
 千葉さん&ユリコさん

****

ここは15世帯のみの小さな規模の仮設住宅で
最初、支援の手もなかなか入らなかったとのことです。

居住している人の親戚がネットを通して
明友館にアクセスをし
不足しているモノなど伝えてきたそうで
役所でもあまりに多くの仮設が点在しているため
場所を尋ねてもすぐにはわからなかったと聞きました。

夕涼みしていたおじいちゃんと少し話しました。

この仮設は山の手にあります。
「そこに見える石巻小学校を卒業したから
ここら辺で遊んでたんだよ。
地理もわかるしここはいいよ。」
と話してくれました。

当初は避難所から抽選
随分離れた場所の仮設に入ったそうです。

この仮設の中も
知っている人間は誰もいなくて
トマトを育てている人に
野菜のつくり方を聞いて
そこからおしゃべりが始まったと言っていました。

買い物や郵便局など
普段の生活に便利な施設に近い仮設へ移るには
なにがしかの権威あるつながりから
働きかかけのできる人が優先されているとも聞きました。

おじいさんの家は地震の揺れで
柱が折れて崩れてしまったとのことでした。

「あの日から人生が変わっちゃったんだよ」
ラジオを聞きながら一人で夕涼みをしていたおじいちゃん。
いつかまた!
握手して別れました。(ま)

ひまわりの花の咲く場所に (石巻メモ002)

石巻でもあちらこちら、大きなひまわりの花を見つけました。

一つは中瀬「自由の女神像」の足元。

もう一群れは大川小学校でした。

 

手を合わせに寄ってね。と

再び訪れた大川小学校。

 

「子どもたちが帰ってくる目印になるように」と

水やりを続けてきたとのことでした。

 

2月に出かけたときにはまだ雪が残っていたこの風景。

 

どうしても自分の子どもは自分で見つけるのだと、

重機の免許を取得し自ら探している方もいると聞きました。

 

願いと祈りによって育ったひまわり。

 

そして

2月には残っていた診療所の建物も

今はすでに更地になっていました。(ま)

ヤマグン商店

2月、

湊地区の学童クラブと子ども&親たちとの交流会を開催したとき、

近所にある酒屋さんを紹介してもらいました。

 

天井まで津波に浸かった店が復活するには、

沢山のボランティアさんが入り、

泥をかきだしてくれたんですよ。

と話してくれました。

 

2月は、まだ棚がスカスカで、

ビールも数がそれほど置いてなくて

「あるの全部ください」と、

おじさんとカゴいっぱいに缶チューハイをいれたのを覚えています。

 

今はぽつりぽつりと飲食店が開き始め、

ただ毎日座ってばかりいて、お尻のしびれることも少なくなったということでした。

 

「これ、子どもたちに食べさせてやってくれ」と

お菓子をいっぱい頂いた日を思い出します。

 

この日は裏のお寺にボランティアチームがきていて、

子どもの声が響いていました

 

。周囲では親が職業を失い、転校する子も沢山います。

 

「今、子どもの声がした!」とこの日、外まで見に行ったとのことでした。

 

子どもの笑い声というのは町の人たちにとって、

それほど大事なものなのだと思いました。(ま)

 

 

石巻「明友館」。ありがとう!

懐を開き、迎え入れられるということを、

改めて考えさせられた今回の石巻。

 

「明友館」リーダーの千葉さんの仕事場である

「プログレッソ」の隣が、

現在の「明友館」。

 

もともとは公的な施設に自主避難所+自然に支援場所となった「明友館」は、

転を余儀なくされた。

 

事務所兼、活動場所であるこの場所

無料で開放していただき、宿泊。

 

前回では聞けなかった話が沢山あった。

千葉さんの視点から見る石巻の話は

政治的ともいえるお金の大きな流れと、

在宅の人たちの細やかな現状部分まで。

 

千葉さんは仮設だけではなく

在宅の方へも必要なものを届けているそうです。

 

家が壊れていなければ在宅避難。

その中にはかなり厳しい環境の方もいて、

期のガンを患っているおじいさんを、初期ガンのおばぁさんが

看護しているケースもあると聞きました。

 

また、年金で生活している人にとって、

水道の蛇口をひねると下水処理代もかかる現状では、

水道代が単純に倍。

1万円くらいの出費があり、厳しいのだと話してくれました。

 

忙しい合間の時間を割いて

いろいろ案内もしてくださり

本当にありがたいものだと一同感謝しています。(ま)

 


いわき市小名浜「みなと食堂」

震災直後の4月、

「あうん」と支援ネットワークの竹馬・渡邉が

 共に目指した、いわき海星高校近く小名浜に立ち寄りました。

 

当時はまだ、

コンビニのATMが根こそぎやられ、

港には大きな船が打ち上げられたいた。

 

1年を経た小名浜に寄り、

この海の幸を食した帰り道。

 

美味しかった。

ご馳走様でした。

おばちゃんたちにも写真、送るからねー

(ま)