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タネ新聞

■ Vol.6(2013.5発行)

 

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■ Vol.7(2013.9発行)

 

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■Vol.8(2013.12発行)

 

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■Vol.9(2014.5発行)

 

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■Vol.10(2015.9発行)


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■2017/8

福岡県朝倉市 古タオル送付

 

■2017/7/2

石巻PJT7月~ちょこっとあそぼ@鹿妻南~参加

 

■2017/5/7

石巻PJT5月~ちょこっとあそぼ@鹿妻南~参加

 

 

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河北新報社ニュース

外国人観光客へ 小中学生が英語でガイド ()

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石巻応援pj Vol.2

未曽有の大震災から、もうすぐ1年が経とうとしている2012/2/17-19。

確実に変わったところもあり、まだまだこれからというところもあり。

 

子供たちの笑顔は以前訪れた時よりも心からの笑顔だったように感じたことは

良い方向に向かっているのだろう。

しかし、コトが進むにつれて、この地から離れていかなければいけない場面も

多くなってきているよう。

 

失われたモノ・コト、再生されたモノ・コト。

複雑に交錯するなか、子供たちの心理状態にどれだけの負荷がかかっているのか

計り知れないところもある。

だけど、一歩一歩進んでいくしかないんだよね。

心のダメージが少しでも払しょくされていくことを願わずにはいられない。

 

 

とくさんからのハガキ

皆様、お元気でお過ごしのことと思います。

私も皆様の御支援のおかけで元気になり、お絵かきの練習を始めました。
とても下手で皆様には見ていただくのも恥ずかしいのですがでも、見て下さる人達がいると思うとはげみになります。
おハガキも皆様からたくさんいただきましたのでこれからは時々お送りさせて下さい。
本当にありがとうございました。
お幸はせに


とく

第一回首都圏避難者交流会@柴又

2012年3月31日(土)

葛飾区では第一回目となる首都圏避難者交流会が柴又で開催された。

 

10時に柴又駅で合流し、帝釈天参道をブラブラしながら帝釈天へ向かった。

帝釈天では猿回しなどもおこなわれていて、小さな子供たちは大喜び。

その後、旧山本亭へ向かい、昼食&懇談。

天気も悪くなってきたので、大半の時間を旧山本亭で過ごした。

 

いろいろなお話を伺うこともでき、充実した内容だった。

参加者のかたからは普段他人には話さないようなことまで話せ「もやもやいていたものがスッキリしました♪」とのメールをいただきました。

 

旧山本亭では、落語や南京玉簾もちょうど催されていたので、そんなのを観ながら抹茶と和菓子をいただいたりと和やかな時間が過ごせました。

 

今回は、区外に避難された方々でしたが、次回は区内避難者も含め、また他区に避難されている同郷の方々とも交流ができるような企画を考えていきたい。

 

(竹)

 

葛飾さくらまつり@震災支援かつしかネットワーク

2012年4月1日(日)葛飾さくらまつり

 

震災支援かつしかネットワークとしてブース出店。

南相馬応援缶バッジ(南相馬ファクトリー作)、オリジナルスタンプTシャツ、プリントTシャツ、プリントエプロン、プリントトートバッグ、復興鶴、復興孔雀、復興達磨、手作りシュシュ、LEDライト付ボールペン等を販売。

 

南相馬応援缶バッジは、200円中、190円を南相馬ファクトリー及びイラスト作者に還元。

100個全て完売となった。

その他の商品もほぼ完売となり、売上は今後の活動資金へとまわされる。

 

前日が嵐のような天気であったので桜の花はチラホラ程度であったが、この日は暖かで、午後には花がかなり増えていた。満開でなかったのは残念ではあったが、多くの皆さんにお越しいただけ、楽しい一日でした。

(竹)

 

「愛のメッセージ」

愛のメッセージ
福島県から山形に避難されている子供達等から愛のメッセージ

2012年7月4日 南相馬ファクトリーを訪ねる

2012年7月4日

小高区にて撮影。

*フィルムが上手く巻き上げられず二重に風景が重なってしまった。

 

 

2011年4月22日

原発20キロ圏内として

避難区域とされた街は

4月16日に区域指定解除された。

 

南相馬ファクトリー「えんどう豆」との打ち合わせを終え

えんどう豆のSさんが車を走らせてくれた。

 

電気は戻ったけど

水道は通らない場所。

夜ここに留まることはまだ許可がない。

 

「国は再稼動するためには

 無かったことにしたいんだろうな…」

わたしに言うわけでもなくてつぶやいた言葉だった。

 

誰もいない街

 

「はい!戻っていいですよ。」

 

崩れた家を目の前にして

もしもわたしがその立場だったらどうするんだろう。

 

でもその立場になれるわけではない。

 

それでも

仮設住宅から毎日ポリ容器で水を運んで

床屋を再開した店があった。

 

ある店では

「必ず復活します!」と書いた看板を立てているのを見た。

 

 

今、えんどう豆とわたしたち東日本大震災支援かつしかネットワークでは

協力して来年以降に作業所としての仕事につながるような

商品企画を立ち上げようと

打ち合わせを始めた。

 

 

帰り道、原ノ町駅近くまで送ってもらった。

 

「今、図書館で写真展やってるの。

でも、あれは厳しいです。」

 

図書館に展示されている写真は

どれも正視しがたいものだった。

 

わたしは初めて知った。

 

警戒区域の中から響くSOS

牧場に牛たちを移送し

殺処分を止めてと動いている人たちもいること。

 

*「希望の牧場」

http://fukushima-farmsanctuary.blogzine.jp/

 

牛の目からぽろりと涙が一粒こぼれている写真もあった。

 

福島駅いきのバスが来るまでの間

涙が止まらなかった。

 

 

今日、

小高駅近くの旅館に電話をしてみた。

 

 

 

「一昨日、わたしそちらが開いているのを見たので

是非、わたしたちが南相馬に行くときには

そちらに泊まりたいんです」

 

「今はまだ夜間、この区域に寝泊りするの許可がおりてないから

旅館、営業しているわけではないのよ。」

 

「じゃぁ。復活したら絶対泊めてください。

必ず行きますから」

 

この約束も果たそう。

 

飯坂線に乗ろうとして

間違えて飛び乗った阿武隈線で

駅員さんが気の毒がって

本部に「お客さん、間違えちゃったからこれ無料にできないかぁ」と

笑った駅員さんも

えんどう豆のみんなも

旅館のおばちゃんも

床屋のおじさんも

牛も犬もみんな

 

幸福になるための生命だ。

 

わたしたちは

できることをできるだけ

続けていこう。

 

 

 

*小高区の水道は整備完了まであと1年。

  下水道は2年。

  国の除染も未着手。

 

 

 

2012年7月

改めていろいろ胸に想い、誓う。(ま)